ある殺人者の話

数年前、私は通信制高校に通い死ぬ気で勉強して何とか国立の大学に受かった時の話です。大学に行って講義を受けて一人暮らしのためにバイトをやり、休みの日には飲み会。普通の日々を過ごしていた時にある事件が起こりました。その日は薄曇りの空で風が冷たい日でした。私はバイト先に向かう途中でした。丁度信号が赤になりました。横には20代後半くらいの母親と小学1年生くらいの女の子が泣いていました。女の子の前にはアイスが落ちていました。「落としたアイスは食べられないの。また新しいの買ってあげるからもう泣かないで」「やだやだやだ、今食べたいの!今買って!」泣き止む気がしない女の子を見て、そういえばこの前焼肉屋でもらった飴があったような。信号が青になり、私は女の子の視線に合わせるためにしゃがみこみ女の子に話しかけました。「これよかったら食べて、アイスのかわりにはならないと思うけどお母さんを困らしちゃ駄目だよ」と飴を手のひらに乗せいいました。「あっ、ありがとうございます。ほら咲弥(仮名)なさい。」ツインテールが似合う女の子は泣き止み微笑みながら手を伸ばし飴を取ろうとした瞬間、私の目に写っていた二人の親子がいなくなり、いつの間にか目の前にはトラックだけがありました。

 

 

 

意識がはっきりしてきた時には私はパトカーの中にいました。がっちりとした体格の良い警官が何が起こったのか説明してくれました。「酔って運転していたトラックの運転手が君の横を通ったらしい。横にいた親子は残念な事に亡くなった。」私は初めて死を身近に感じ、手足が自分の物ではないほど震えていました。「思い出せる事なんでもいいから話てくれるかな?」私は女の子がアイスを落として泣いていて、飴を上げるために親子を足止めしてしまったことを言いました。涙は出てなかったと思います。ただ私のせいでまだ幼い命、その幼い命を育てる人の命を奪ってしまった自分が恐ろしいと感じていました。「そうか。よく話してくれたね。ありがとう。でも君のせいではないんだよ。悪いのは酔って運転した人だ。自分を責めては駄目だよ。」そんな同情染みた言葉なんてその時の私にはどうでもよかった。ただ早く帰りたい。帰ってこの汚れた体を洗い流したい。そんなこと思っても人が死んでいるのでそう簡単に帰してもらえず、帰った時には日が暮れていた。シャワーを浴びながらお葬式には行くべきだろうか。などと考えていた。その日は軽く食パンを食べて眠りについたと思う。お葬式当日どんな顔をしていけばいいのか分からなかった。行く途中事件の後の警官の言葉が何度も頭に浮かんだ。「そのことは遺族には言わない方がいいと思う。話すのは君の自由だが第二の事件が起こらないためにね。」どういうことなのか事件が合った日にはよく分からなかったが、今はよく分かる。私があの時考えてた様に私が引き止めなかったら親子は助かっただろう。運転手は親子と共に他界している。愛する家族を失った家族は何に向かってこのどうしようもない感情を投げつければいいのか。

 

 

 

「はぁー。どんな顔でいけばいいんだ…。」この言葉を何回歩きながら口にしただろう。目的地の周辺をしばらく歩いていた。事件の日の警官が言っていたと思われる言葉を思い出す。「君のせいではないんだよ。悪いのは酔って運転した人だ」そうだ。何を悩んでいるんだ。私は泣いていた女の子に好意で呼び止めたんだ。トラックが来ると分かっていれば呼び止めたりはしなかった。悪いのは運転手だ。悪いのは運転手だ。悪いのは運転手だ。私じゃない。私じゃない。私じゃない。何度も呪文のように頭で繰り返しながら会場に向かった。さっさとやるべき事を済ませはやく帰りたい。もう存在しない親子に向かい手を合わせる。私のせいじゃないよ。あなたたちの時間を奪ったのは私じゃないよ。そんなことを思っている自分に嫌気がさした。

 

 

 

さっさと帰ろうと足を上げたとき、呼び止められた。「君は事件の時、近くにいた人じゃないですか?」他界した父親がもう死にそうな顔でこちらを見ながらいった。「はい。いました。」余分な事などしゃべらないようゆっくりと言葉を返す。「大変だったろうね。あのときのこと覚えているかな?もし私の家族たちのことを見ていたらなんでもいいから教えてくれないかな。なんでもいいんだ。最後に笑っていたのか、泣いていたのか、どんなことでもいいんだ。」私は死にそうな顔の父親の顔を見てあのときの事を言おうか迷っていた。言ったらどうなるんだろうか。恨まれるのだろうか。私はもう恨まれてもいいと思って言うことにした。さっき手を合わせた時に馬鹿げた事を考えていたことに罪悪感みたいなものを感じていたからだあのときのことをゆっくり父親に話した。「そうか。じゃあ笑ってたんだな。良かった。良かった。それだけでも分かって嬉しいよ。泣いてなければそれでいい。ありがとう。ありがとう。」何度もお礼を私に言っていた。その言葉は私にどれだけ救いを与えたのだろうか。しかしそのときその救いを感じられなかった。

 

 

 

兄がいたのだ。私が事件の事を話し終わった時兄は私をまっすぐ見ていた。私は顔を合わせられなかった。瞬きもせずただ私だけを見ていた。その視線があの救いの言葉を打ち消していた。私が帰ろうとした時、兄・健二(仮名)が何か呟いた気がした。何を言ったかよく聞こえなかった。「なんで、母さんと咲弥が死んで、あいつが生きてるんだ。あいつが代わりに死ねば良かったのに。」そう聞こえた気がした私は逃げるように家に帰りすぐベットに行き眠りについた。

 

 

 

ここは何処だろう。なんで走っているんだろう。でも歩いてはいけない。あいつがきている。すぐ近くまできている。歩みを止めてはいけない。はやく逃げなきゃ。遠いとこまで。あいつがいないとこまで。私は目を覚ました。汗でびっしょりになった体が気持ちが悪かった。シャワーを浴びならがさっきの夢を思い出す。夢は現実に見たものの鏡で今まで感じた事が混ざり合って夢を見る。と何かの本で読んだ気がする。いままで何かに恐れて走ったことなんてあるっけな。今日は彼女に会うから明るい顔でいなきゃな。などと考えながら鏡を見ていた。彼女と会って数時間が立ちすっかり昨日のあのことなど忘れた気がした。ファミレスでお昼をとる、料理が運ばれてくるまでの時間を過ごす。「今日、朝会った時死んだような顔してたから、びっくりしたよ。」「そうだった?自分では分からなかったな」「でも今は元気だからきっと気のせいだったと思うよ」事件のことは彼女には話していなかった。学校の事などを話しながら昼食を取る。彼女と会って元気になるのは自分でも感じいた。でも何故か嫌な予感がしていた。

 

 

 

そう言い彼女は席をはずした。気のせいか。軽く風邪でも引いてるのかなと思ってガラス越しに見える風景を見ていた。何故かその風景が怖かった。なぜだろう。どこが怖いのだろう。いつもと変わらない風景なのに。ガラスの壁に反射してファミレスの店内が写る。私は凍りついた。あの時、あの葬式の時、あの恐ろしい目。何もかも壊してしまいそうな目。健二がまっすぐ見ていた。あの時と同じよう瞬きもせず、ただまっすぐに。その日昼食を食べた後すぐに車で彼女の家まで行きそこで日が暮れるまで過ごした。

 

 

 

いつも階段で音を立てないようにのぼっている。ゆっくりと昇る。毎日階段昇る人は試してほしい。結構運動になるから。この日は疲れていたので階段でいくかそれともエレベータで行くか少しの間悩んだ。こういう時こそ自分に甘えては駄目だと思い階段で行くことに決めた。音を立てないようにゆっくり昇り4階に着いた。あと一階だ。と思いながら5階に繋がる階段に向かった。あと半分で5階というところでふと私の家のドアの前に人影がいるのが見えた。誰だろう。友達かな?などと思いながら進もうとしたとき、人影が動いた。月明かりに照らされた人影は健二だった。

 

 

 

こんなこと考えている場合じゃない。逃げようとしたとき自分の体の異変に気づいた。足が思うように動かなかった。人影はそんなこと気にもしないでどんどん近づいてくる。階段に隠れるようにしゃがみ4階へと続く壁にひっそりなんとか身を寄せた。健二は階段ではなくエレベーターで降りようとしていた。エレベーターが5階へと向かい始める音が聞こえた。私の心臓が大太鼓のようにドンドンなっている。その音が健二に聞こえてしまう気がした。『チンッ…』エレベーターが5階につき音が鳴った。永久に続くかと思われた時間が動き出した。エレベーターが5階から1階に向かい始めた。ふと無意識にエレベーターの方を見てしまった。気のせいか。健二と目が合ったような気がした。

 

 

 

私が健二を金属バッドで殴っているのだ。何度も。何度も。家が何故か知られてしまったので気軽に出かけることができない。それでも空腹は待ってはくれなかった。冷蔵庫は一時間前に見て何も食べるものがないことは分かっているので他を探す。インスタントラーメンあったっけな。などと言いながら食器棚を探す。普段は健康のため自分で料理をするのでインスタントラーメンなどあるはずもなかった。しかたなく友達に昼飯奢るからと電話し、向かいに来てもらい食事をとった。その日は家に帰る気がしなかったので友達の家に泊まることにした。次の日は大学の講義に出ないといけないので一回家に帰らなければならなかった。

 

 

 

前の晩のようにまた階段から昇ることにする。もしあの時エレベーターで行っていたら見つかっていたかもしれない。見つかっていたらどうなっていたのだろうか。案外事件前の様子を聞きにきたのかもしれないな。そうだ。きっとそうだろう。自分に言い聞かせながら5階へと向かった。5階の自分の部屋に無事着いた。自分の部屋を見渡して何でこんなに神経質になってるんだろうな。などと考えながら大学に行く準備をして早めに家を出て講義の時間まで喫茶店にいることにした。その日は特に何もなかった。平凡な日々に飽きていても結局人間は平凡な日々が一番だなと思い。シャワーを浴びてその日は早めに眠りについた。その日も夢を見た。どんな夢かは起きたときには忘れていたと思う。起きた時はまだ午前4時だった。「まだ寝れるな…トイレに行ってもう一眠りするかな。」トイレに向かい用を済ませベットに向かおうとしたとき玄関に何か落ちていた何だろう。と玄関に向かった。黒い封筒が落ちていた。そのときにはもう眠気など微塵も感じていなかった。中を見たらワープロで書かれた白い手紙が2枚入っていた。手紙はもう残っていないので文字全て合っているか自身はないのだがたぶんこんな感じだったと思う

 

 

 

『コンコンコン』僕は殺人者の家の戸を叩いた。殺人者は出てこない。なぜ出てこない。『コンコンコンコンコンコンコンコン』僕は殺人者の家の戸を叩いた。殺人者は出てこない。なぜ出てこない。『コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン』僕は殺人者の家の戸を叩いた。殺人者は出てこない。なぜ出てこない。2/2いるのはわかっている。いるんだろ。なんで出てこないの。出ろ。出ろ。出ろ。出ろ早く出ろ。いるのは分かっている。出ればお前は幸せになれる。僕も幸せ。母も幸せ。妹も幸せ。父も幸せ。みんな幸せ。

 

 

 

私はその手紙をくちゃくちゃに丸めてゴミ箱に捨てた。何なんだ。何でこんなことになるんだ。ゴミ箱に捨てた手紙に視線を向ける。健二が手紙から出てくるような気がした。私は台所に行きその手紙を燃やした。私は手紙が燃え尽きるまで見守った。なかなか燃えなかった。このまま永久に燃え続けるのではないのかと不安に思っていた。その日はバイトが入っていたけれど、部屋から出れそうにないので友達に電話し、代わってもらった。私はじっと玄関を見つめながらその日を過ごした。他に何もする気が起きなかった。ただ玄関を見つめていた。誰かが訪れるのを待つかのように。次の日は大学の講義があったので誰かに代わってもらうわけにはいかず部屋から出なければならなかった。家をゆっくりと出る。何年か振りに太陽の光を浴びたような気がした。大学に行き、無事講義も終わり友達が飲みに行こうと誘ってきた。

 

 

 

帰りにホームセンターに行き痴漢撃退用のスプレーとブザー、ガムテープと非常食、木の板をかごにいれレジに向かおうとした時あるものが目に入った。金属バット。夢で健二を殴っていた金属バット。買おう…。これがあればあいつを殺せる。この非現実的な時間が終わる。これを買えば手にしようとしたとき、はっと目が覚めたような気がした。『私は殺人者にはなりたくない。』その言葉が頭に浮かんだ。なんで私はこんなことを思うようになったのだろうか。なにが私を変えたのだろうか。自分の体が誰かに乗っ取られていく感じがした。気が変わらないように急いでレジに向かった。本屋に行き『撃退!ストーカー、通り魔、痴漢、盗難・女性のための防犯マニュアル』を買い、スーパーで長持ちする食材を買って家へと向かった。スプレーをかばんで隠しながら行き、無事家に辿り着いた。すぐに計画していたことを開始する。窓の鍵がかかっているかを確認し、木の板をガムテープで窓に貼り付けた。窓に人影が写るのが怖かったからつけたと思う

 

 

 

その日は疲れたので非常食を食べ、シャワーを浴び防犯マニュアルを軽く読み眠りにつこうとした。眠れる気はしなかったのだが、いざベットに入って目をつぶっていれば自然と寝れるもんだろうと思い。ベットに向かいその日は寝れたと思う。朝起きて一番に玄関に向かった。郵便ポストにつけていたガムテープが何かで切られていてまた一通の黒い封筒が落ちていた。中身を見ずに捨てようと思ったがどうにも気になるったので見ることにした。1/1僕は今日も殺人者の家に向かう。今日は出てくれるかな。出てくれるといいな。はやく会いたいな。僕はあいつの家の前に辿りついた。僕は前きたときと家の様子が違うのに気がついた。無駄なのに。こんなことしても無駄なのにね。なにやってるの。こんなことするならはやく僕と会えばいいのにね。殺人者の考えは僕には分からない。

 

 

 

ベットの上で考え事をしていた。何を考えていたかは正確には覚えていないが、でもたぶんこれからどうあいつから逃げようか、どうやって殺される前にあいつを殺そうか、なんて考えていたと思う。今思うと精神が普通じゃないのかもしれない。一回病院にでも行くべきだろうか…。その日もバイトを代わってもらおうかと思ったがさすがに休めない、生活費が足りなくなっては困るので行くことにした。バイト先で平凡な時間を過ごし、この平凡がずっと続くように願いながら家に帰ることにした。マンションの入り口が見えてきた時、人影がマンションから出てきた。私は自動販売機に隠れた。「こっちに来たら終わりだな…。」カバンから痴漢撃退用のスプレーを取り出し戦闘態勢に入った。人影は私の期待を裏切りこちらに向かってきた。心臓が高鳴る。

 

 

 

隣に住む社会人だった。何やってんだ私。軽く会釈し、マンションへと向かう。気にしすぎだ。疲れてるのかなと思いながらマンションに入り口に入ろうとし、自分が先ほど隠れていた自動販売機の方を見た。電灯の下に人がいた。葬式で見た顔。ファミレスで見ていた顔。エレベーターの中にいたあの顔。健二は微笑みながらこちらを見ていた。私はマンションへと走った。エレベーターは一階に止まっていた。エレベーターで行くか、階段で行くか・・・。私はエレベータに乗り込み5階のボタンを押し、閉のボタンを押した。はやく閉まれ。閉まれ閉まれ閉まれ閉まれ!私の願いが通じたようにエレベーターは健二がたどり着く前にしまってくれた。エレベーター越しに健二を見る。健二はリュックサックを背負っていて手にはサバイバルナイフを持っていた。辿りつく前にエレベーターの扉が閉まり、私はとりあえず安心することができた。

 

 

 

そうだ階段があるじゃないか。なんで安心してるんだ。「はやく5階についてくれ!!」そう祈りながら5階のボタンを狂うように押した。5階につきエレベーターから出た。健二はまだ来ていない。階段を昇る音が聞こえる。音は近づいてきている。もう4階くらいかもしれない…。私は急いで自分の部屋の前に行きカバンから鍵を取り出そうとした。焦って鍵を落としてしまった。急いで拾う。拾いながら階段の方を見た。健二はもう5階についていた。こちらに走って向かってきている。私は鍵を拾いドアを開け中に入る。入った瞬間扉が『ドン』と叩かれた。たぶんサバイバルナイフで刺したのだろう。私はなんとか鍵をかけることができ、チェーンをかけトイレに向かい鍵をかけた。しばらく息ができなかった。

 

 

 

トイレから出て玄関を見る。思った通り黒い封筒が落ちていた。1/4僕は今日は殺人者に会える気がした。夢に咲弥と母さんが出てきたからだ。悲しそうな顔をしていた。はやく幸せにしてあげたい。2/4咲弥と母さんの予想通り殺人者の家に行ったら殺人者に会えた。咲弥と母さんが会わせてくれたんだ。殺人者は逃げた。せっかく会えたのに。幸せになりたくないのか。不幸せが好きなのか。3/4僕は階段をのぼった。殺人者に幸せを与えるために。咲弥に幸せを与えるために。母さんに幸せを与えるために。父さんに幸せを与えるために。みんなに幸せを与えるために。4/4殺人者は僕に会ってはくれなかった。僕は悲しくはなかった。またすぐ会える。家族が僕の味方をしてくれる。

 

 

 

予想通りの回答が返ってきた。「よくあるいたずらじゃないですか?」「いたずらじゃありません!手紙もちゃんとあるし扉にナイフで叩かれた跡があると思います!すぐ逮捕してください!」「よくあるんですよ。一人暮らしでかまってほしくて、自作自演する人が。こんなことするならボランティアにでも行って少しは人の役に立つことをしないさい」そう言われて私は電話を切った。自分でやるしかないな。自分であいつを。気がついたら台所にある包丁を見ていた。手を包丁から離す。私は何をやろうとしているのか。殺人者になるくらいなら私はいっそ死にたい。でも本能がそうは言ってない。自分の体を赤く染めたいと思っているに違いない。あの夢のようにあいつを…。

 

 

 

鏡に写る自分の姿を見てみた。一瞬私の顔じゃないものが見えたようなきがした。私の顔だけど私の顔じゃない。冷酷で暖かさをまったくもたない顔。大学でかばんを開けたら台所にあるはずの包丁が入っていた。いついれたんだろう。周りにばれないようにそっとかばんの奥にしまった。何かに操られているかのような感覚がした。その日は真っ直ぐ家に帰る気がしなかったので気分転換に電車に乗りぶらぶらと歩き回った。結局何も目的がないのですぐに帰りの電車に乗った。降りる駅が近くなったので出口に向かい電車の扉が開くのを待つ。電車が止まり扉が開いた。『ドンッ』私に人が何かぶつかった。「あっ、すいません」私はそう言い振り返ったが誰もいなかった。電車から降りて何か異変に気づいた。周囲の人が私を見ている気がした。私はそんな視線を気にもせず地面に向かって足を出す。地面が反転したような気がした。

 

 

 

入院していた時、いろんな人が私を訪れ何か言っていたような気がする。私は何も答えずただ一点を見つめていたと思う。家に向かった。あるものがきているか早く確かめたかった。家の扉を開け黒い封筒がきているか確認する。封筒はなかった。平凡な日々が数日過ぎた。私は刺激を求め外をぶらぶらしていた。何か物足りない。丁度お昼の鐘が鳴り昼食をとるため家に帰ることにした。マンションの入り口に入ろうとした時、視線を感じた。視線の方を見て私は喜びに満ちた。その人物は手にナイフを持っていた。健二がいた。私はカバンにしまってある包丁を取り出そうとしていた。その行動を邪魔する声が聞こえた。「君何をやっているんだ!」二人の警官が健二へと向かっていた。健二は逃げ。二人の警官は健二を追っていった。もう一人ほっそりとした警官が遅れてやってきた。「君大丈夫か?」「大丈夫ですよ」私は心の中で舌打ちをした。なぜ邪魔をする。邪魔をするな。数十分くらい過ぎ健二を追っていた警官が戻ってきた。どうやら健二は捕まらなかったようだ。

 

 

 

「なんで回数を増やす必要があるんですか?」「念のためにね。」もしかしたら警官が私の家を調べ封筒を持っていったのかもしれない。「私の家に封筒が来てなかったですか?」警官は一息つき言った。「白い封筒と黒い封筒2通来ていたよ。」その手紙を見せてもらうためにパトカーに乗った白い封筒には『祝』と書かれていた。中身を見る。1/1僕は殺人者に幸せを与えた。みんな幸せ。黒い封筒の中を開け中身を見た。1/1幸せは簡単には与えられなかった。殺人者は幸せがくるのを待っている。僕も待ち遠しい。はやく幸せになりたい。「なんでこの手紙がきていたこと言ってくれなかったんですか」「君の治療に良くないと思って。家族にも相談してその方が良いと言ったんだ。隠していてすまない。」私の中の何かが冷めていく。何故か自分が怖くなってしまった。「帰ります。」「送っていこう。」

 

 

 

何なんだ。健二と会ったときのあの感情は。確かに私は健二を殺そうとしていた。私がいなくなってしまう気がした。大学の帰りに久しぶりに飲みに行った。楽しいはずの飲み会は全然楽しくなかった。料理も酒もまずい。「酒がまずい時は自分自身の何かだ病んでいる証だ。」友人が笑いながら言っていた。電車を降り家へと向かう。階段を降りようとしたとき後ろから押された気がした。酔っ払って自分で落ちたのかもしれない。あいつが突き落としたのかもしれない。どっちでも良かった。私は気づくと階段の一番下にいて手にはアザができていて体中が痛かった。近くにいたサラリーマン風な人が近づいてきた。「大丈夫ですか?いま救急車呼びます。」「大丈夫です。ただ転んだだけです。救急車なんて大袈裟ですよ。自分で病院行くので気にしないでください。」そう言ってその場を去った。

 

 

 

ある感情だけが私の体を満たしていた。やられた。またやられた。あいつに。悔しい。悔しい。悔しい。次こそは。何度も呟きながら私は包丁を手に持ちベットに向かって刺した。何度も。何度も。何度も私の部屋に人影がいるのが見えたような気がした。誰だ。あいつか。あいつだといい。私はその人影に飛び掛ろうとした時、私の体が固まった。その人影は健二ではなかった。彼女が泣きながら私を見つめていた。彼女の視線から逃げるように部屋を見渡す。ベットからは綿が飛び出していて、その綿は赤く染まっていた。刺しすぎて自分の手を切ったんだろう。私は手にしていたものを床に落とした。涙が止まらなかった。自分ではない誰かが私を乗っ取っている。何が私を変えたのだろう。彼女はぎゅっと抱きしめてくれた。暖かかった。ずっとずっと泣きながら抱きしめてくれた。私の中の殺人者が消えたような気がした。

 

 

 

外に出る時はかならず彼女がついてきた。私は変わらない風景を見たくなかったので外に出る。平凡な風景を見ながら私は何かを探すようにただひたすら歩いた。彼女は何も言わずついてきた。夜になり風が冷たくなってきた。私と彼女は歩道橋の上を歩いていた。向こうから人影がやってきていた。彼女が私の手を引き「はやく逃げよ」と言っていた。私は意味が分からなかった。何を恐れているのか。その瞬間肩に熱い物が入ってきた。私は倒れた。ナイフが刺さっていた。痛みは感じなかった。私の殺人者が目覚めたような気がした。

 

 

 

「殺人者は簡単には死なせてはいけないよね。苦しんで死ななきゃ。昨日夢を見たんだ母さんと咲弥が出てきたんだ。教えてくれたよ。母さんと咲弥はトラックに引かれて死んだ。お前もトラックに引かれて死ぬべきだよね。」何か熱い物が私の体を満たしていった。殺人者は肩に刺さっているナイフを引き抜く、やっとか。やっとこの時がきたのか。殺人者は健二の首を片手で掴んだ。何処に刺そうかと悩んだ。健二は必死に殺人者の腕をつかみ抵抗していた。殺人者は首元に狙いをつける。夢みたいに赤く染まるのか。次は何処に刺そうか。健二に向かってナイフを突き刺そうとした。彼女が私の体にしがみつきそれを邪魔した。やっと終わるのに。なんで邪魔するんだろう。体の力が抜けナイフが地面に落ちた。殺人者はいなくなっていた。

 

 

 

もう駄目。死ぬ。今助かっても、いつあいつがまた現れるかわからない。私は目をつぶり抵抗するのを止めた。車が通る音が何度も聞こえる。彼女にお礼を言いたかった。そう思いながら死を待った。歩道橋の上から下を見た。人が群がっていて、その視線はみな同じ方を見ていた。道路が赤い血で染まっていた。私は病院で警官に今日のことを話した。「たぶん正当防衛が認められると思う。目撃者もいるし心配することはないと思うよ。」そう言い警官は出て行った。私が健二を突き落としたのだろうか。あの場には私と彼女と健二しかいなかった。彼女は突き飛ばされてからあの場所を動いていなかったと思う。私がやったのか…。無意識のうちにあいつが出てきてやったのか。

 

 

 

一人残った父親は私を恨んでいるだろう。私がいなければ家族は幸せだったろう。私は健二の父親の家に行くことにした。殺してもらう事に期待を寄せて。父親は期待を裏切った。私に何度も謝罪し、私でよければどんな罰でも受けます。そんなことを言っていたと思う。期待に裏切られたことがショックだった。最後に彼女の様子も見に行くことにした。彼女は眠っていた。昨日病院に運ばれてからずっと眠っていたと思う。部屋にいるのは二人だけだった。「ありがとう。」部屋を出ようとしたとき、手を引かれた。彼女は先ほどと表情を変えず眠っていた。私はまだ生きていたいと思っていた。

 

 

 

「せっかく来てくれたんだ。出前をとったから良かったら食べて行って。」父親は手を合わせていた私に向かって言った。はやく済ませて帰ろうと思ったのだがせっかくなので食べていくことにした。いろいろと話していたら、いつの間にか午前0時になっていた。「今日は時間がたつのが早いね。良かったら今日泊まって行って。」私は何故か帰りたくなかったのでその言葉はありがたかった。その夜夢を見た。あたり一面に花が咲いている場所に私はいた。丘の上に四人の人影が見えた。呼んでいる気がしたので私は丘へと向かった。丘には仲に良い家族がいた。一人の男の子が私に向かってきた。男の子の顔は笑っていた。あの事件がなかったらきっと楽しい時間を過ごしていただろう。悲しい気持ちになった。私がこの子の時間を奪った。ツインテールの似合う女の子が私に向かってきた。女の子も笑っていた。この笑顔を見たらさっきまでの悲しい気持ちは何処かに消えていた。女の子は私の手を握ってた。家族はみんな笑っていた。女の子の手はとても暖かかった。

 

 

 

見た気もするし見なかった気もする。朝食もごちそうになることになった。「昨日不思議な夢を見たよ。」私は夢の内容を聞かなかった。「いろいろとありがとうございました。」「こっちこそありがとう。」「あの…迷惑じゃなければ来年も来ていいですか?」「君からそう言ってもらえて嬉しいよ。私はいつでも歓迎するよ。是非来年も来てね。」私は家を出た。またあの夢を見たかった。自分で都合の良いように作ってできた夢かもしれないけど、また夢を見たかった。来年は彼女も連れてこよう。きっとあの子も喜ぶ。走って家に帰った。

               

                                                                                                                                                                                                                                               

                                                                                               

 

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