命名:清子(仮名)

実際の経験をもとに、初投稿ですので、文章が分かりにくかったらすみません。

同じような経験した方がいましたら、今後どうしたら良いかアドバイス頂けると助かります。

 

 

<本文>

「私の目の黒いうちは大丈夫や。」とA君の父が私達を安心させるために言った一言から15年、なぜあの時、「いわくつきの廃屋」に行ってしまったのか、今でも後悔しています。

 

 人口3万人弱、隣接している市村町との併合を繰り返し、なんとか「O市」を維持している私の故郷は、ボーリング場とカラオケ程度しか娯楽施設がなく、暇を持て余す若者は、週末になると電車を乗り継ぎ市街地へ行くか、車でドライブするしかない所謂「ド田舎」でした。現在ではコンビニやスーパーがちらほらありますが、私の青春時代は夜の8時を過ぎると街頭と潰れかけのパ〇ンコ屋の電灯以外はすべて消え、薄暗い国道が1本、隣接市へと5kmほと縦断している。そんな地域でした。

 

そんな田舎なものですから、とりわけ「夜道を歩いてたら」とか「学校帰りに」やら、「塾の帰りに」やら、暗いところで変な体験をした人や、変な物を目撃した人が後をたたず、小学生の頃は、後日冒険という名の肝試しに行くのが私達の日課でした。

 

大人たちも自営業している方が多く、「子供が家でわがままを言うより、外で遊んでくれた方が楽」との理由で、肝試しを止めるわけでもなく、「○○時までには帰っておいでよー」と言う程度でした。

 

ただ、私のおばあちゃんは、「昔怖い目にあったから」との理由で、「何かあったら、ギュッと握って、神様助けてください ってお願いするのよ」と手のひらにおさまるサイズのお守りを毎回財布から出して私に預けてくれました。私もポケットや財布に入れて無事に家についたら、おばあちゃんに毎回返す。おばあちゃんが亡くなってからも、「これだけは私がもらう」と今も大切にしております。

 

ある年の夏休み、小学6年になった私は、いつもの調子で、「みんなと自転車で肝試しにいってくるー」と出かけようとしました。

すると母が、「どこまで行くの?」と聞いてきたので、「W地区の廃屋~」と言いました。

 

母は日頃の態度とは打ってかわって、「あそこだけは絶対だめ」と厳しく私を叱責しました。

 

母の強張った表情はさることながら、友達と約束してしまった手前、

「だって、約束しちゃったし、夕方までには帰るから大丈夫」と言いましたが、

「大人がついていってもあそこは危ない場所なのに、子供たちだけで行くのは絶対にダメ。今から友達の親に連絡するから、約束した友達の名前を言いなさい」と言われました。

 

普段は「外で遊べ―」と言う親たちも、私の母が連絡した途端、

「よく連絡してくれました。あそこへは行かせません」との結論に至り、肝試しはキャンセルに。友人の親からは「行先を教えてくれてありがとう!」と褒められた一方、一緒に行く予定だった友達数人からは戦犯扱いされ、その後、肝試しには誘われなくなりました。

 

 

このことに対し、当時はもやもやしてましたが、中学受験・高校受験、そして大学受験と勉強漬けの日々を過ごし、私自身、すっかり「W地区の廃屋」の忘れてしまっていました。

 

進学校に進んだ私が、小学校の幼馴染と再会したのは、8年後の成人式でした。

皆の今までの境遇は様々でしたが、昔話で盛り上がり、ごく内々で同窓会をすることになりました。だだ、ここは田舎であり、世間は同窓会シーズン真っ只中ということで、確保できた店のは隣の市の居酒屋。時間は十分ありますが、距離的に車を使わないと行けないので、ドライブをしながら向かうことにしました。車は計2台・人数は9名。1台目にはカップル2組の4名、2台目には、私を含め、彼女いない組の5名(私+A君・B君・C君・D君)で乗り込み、目的地に向かいました。

 

走り出して10分、運転手のB君が脇道に反れ、しばらくして車を停止させました。

B「私君、ここ来たことないよね?」

 

ん?と思いましたが、ここは小学校の時に唯一キャンセルとなった肝試しの地、W区の廃屋でした。

 

B「実は小学校の時に怒られた後、俺らだけでこっそり行ったんだけど、廃屋につづく入口の前に門があって、中には入れんかったんよ。折角だからこの際、行ってみない?w」

 

私「門開いてないじゃん。上にトゲトゲあるし、上から入るのは無理じゃない?」

 

B「大丈夫~♪。門の鍵は昨日壊しといたw 手で押せば開くよw」

 

ここでメンバー紹介をさせて頂きますと、

私:当時20歳・男・車の免許持ち

A君:神主の息子。車の免許持ち

B君:いたずら好き。車の免許持ち

C君:車の免許持ち。D君:車の免許持ち

 

昔に比べ、心霊スポットへの恐怖心は薄れており、また何かあっても全員が車の免許を持っているため、なんとかなる との安心感から侵入を決意。1階と2階を2マンセル(2人1組)の計4人で探索し、一人は門を下った廃屋前の小スペースに、車の中で待機することにしました。

 相談の結果、私とA君が2階を。C君とD君が1階を。そしてB君が車の中で待機することに決まりました。

 

 「ここの廃屋は、綺麗だ。」 これが私の第一印象でした。昔訪れた心霊スポットは、地元の暴走族がスプレーで落書きをしていたり、ドアノブが壊れていたり、無作為に窓ガラスが割られたりしていましたが、ここの廃屋は侵入可能なリビング沿いの窓ガラスが割られている以外、外傷が見られませんでした。しかしながらその不自然な「綺麗さ」が私に「違和感」を抱かせていたのも実情でした。

 

また、この廃屋は海に面した埋め立て地に建てられており、隣接する道路から門を隔てて下ったところにあるため、走る車の音はもちろんのこと、300m程度先にある工場の騒音も一切遮断しており、波の音しか聞こえてこないのも、不気味さを一層際立たせるものでした。

 

まずはA君と私が侵入し、2階に続く階段を探しました。A君は父親の仕事柄、このような場所に慣れているのか、「すみません。すこし上がらせてもらいます。」とか「お騒がせしてすみません」とか、一挙一動するごとに、なにかしらの言葉をまわりに投げかけ、詮索を進めていました。

 

私は彼の言動から、「さすが神主の息子。A君と一緒でよかったぁ。お化けでてきても払ってくれるだろう」と安心し、A君の後ろをただただついて回るだけでした。

 

そうこうしている内に、キッチンや浴槽へ続く廊下の正面に、2階への階段を見つけました。A君は足早に2階にあがろうと足を進めましたが、私は浴槽の方が気になって一旦足を止め、「何か写ればいいな」との気持ちで、その手前にある洗面台の鏡や、洗濯機が置かれてたであろう槽を携帯のカメラ機能で撮影したりしていました。

 

その時、外から、「ビィィィィィー!!」というクラクションの音。

 

「Bに何かあったかも!?」と思い、急いで外にでました。

 

Bの乗っている車には、1階捜索組のC君とD君が既に駆けつけており、

C「B!いたずらが過ぎるぞ!まじでびびったわ!」

D「お前、何かあったわけじゃないんだな!心配したわ!」とか 声を投げかけていました。

 

するとB君が真顔で、

B「2階の女と目があった…」と呟いた。

C「まじ?見間違いじゃね?」

B「いや、まじで見た。なんか吐き気もする。」

あまりのBの緊迫感や、言葉たらずの発言にヤバさを感じ、撤退することを提案しようとした矢先、Aが居ないことに気がつきました。

もしかしたら、Bがいたずら好きなのを知っているAは、クラクションをドッキリととって、先に進んだのかも。

その予想は的中し、より最悪なケースに。

B君はA君に向けてクラクションを連発し、また私達も1階のリビング横の侵入口からA君に声をかけても、A君が下りてくる気配は一切なし。警察に連絡しようにも、門の鍵を壊している手前、引け目を感じ、結局、全員で2階にあがることに。

 

B「誘ったの俺だし、あの女見たの俺だけだから、俺が先いくわ。」とBが先に侵入し、その後ろから私・C君・D君が続きました。

私「そこの扉出て、左側進んだ正面に、階段ある。」と私が案内し、ゆっくりと2階にあがりました。初めて上がった2階も、1階同様に広く、見渡しただけで廊下に面した部屋が6部屋程度ある。1部屋づつ扉をあけたが、最初の2部屋はおそらく収納として使っていた部屋で、昔ながらの折り畳み式の台や、手動のミシン、布団、壊れたテレビが置かれてました。

私達がA君を発見したのは、おそらく元居住者が寝室として使っていた部屋でした。布団は無いもののベッドと化粧台がありました。ちょうどB君が車から「女が見えた」部屋です。

そこでA君は左手に細長い紙を固く握ったまま動こうとしません。

 

私「ここやばいって!はやく出よう!」

B「この部屋、女の霊がいた。逃げよう」

 

C君・D君も部屋の外から懸命に声をかけるが、A君は微動だにしません。

私が化粧台の鏡ごしにA君の顔覗くと、顔が硬直しているのが分かりました。

表現が難しいのですが、「奥歯を力いっぱい噛んで、顔に力を入れている」感じでした。

A君は、顔は化粧台の正面を向いている。目はこっちを向こうとしている。両手は化粧台につけたまま。左手の紙も離せない。脚も動かせない。 という状況で懸命助けを求めている顔でした。

慌てて私は部屋に入り、A君を化粧台から引きはがそうとしましたが、全く動きません。B君も入ってきて手伝いましたが、A君が踏ん張って、なかなか剥がせません。

そこにC君とD君が入ってきて、A君の腰に手をまわした状態で化粧台を蹴って、ようやく引き剥がすことができました。

しかしながらA君の顔や手は依然硬直しています。

私は藁にもすがる思いで、おばあちゃんの形見であるお守りを手に取り、A君の背中に向かって、「破(おりゃぁーだったかな)」との掛け声と共に叩きつけました。

するとA君は脱力し、力が抜け、「逃げて」と呟きました。

4人で慌ててA君を担ぎ、車内に戻ると、同窓会に向かった他の4人に事の顛末を連絡し、キャンセルを告げた上でA君の実家に向かいました。

A君は車内でも何度か発作的に奥歯を噛みしめる症状があったものの、その周期はなだらかになり、なんとか話せるまでになりました。

 

B「A!何があった? あそこに女の霊見えたけど、それが原因か?」

 

A「いや、霊がいるかどうかは分からんかったけど、化粧台の上に置いてあった 『命名・清子』と書いてあった紙を手に取った瞬間、身動きがとれんくなった。声だそうにも、後ろから首絞められている感覚で、どうにもならんかった。目は動いたから、金縛りにあってる感覚やった。」

 

Aの実家に着くと、A君父にお願いし、お祓い(徐霊?)をしてもらえることになりました。こっぴどく怒られましたが、「Aを助けてくれたことには感謝する。」と涙目で言われたことは今での脳裏に焼き付いています。

 また、慌てて気がつきませんでしたが、私は左手に、C君とD君は足に痣のような模様が残っていることをA父に指摘されました。思い返してみると、命名紙や、化粧台に触れた箇所だと推測しています。

 

 なぜあそこが立ち入り禁止となったのか、A君父が説明してくれました。

 A君父「昔あそこは、事業が軌道に乗ったF一家が引っ越してきたところなんよ。ここは田舎なんでね。年寄は多いけど、子供の数が少なく、市自体のお金も少なかったから、子沢山で市に納税に貢献してくれるFさん一家を皆歓迎してたんよ。実際、その会社の従業員の家族も引っ越してきたから、ここらの地域は活気づいたんよ。 だけど、二番目の息子さんが上京したくらいのタイミングでFさん(父)が出張先で亡くなってね。奥さんが社長を引き継いだんだけど、資金繰りが上手くいかず、従業員も次第に離れていって。長男・次男も県外での仕事があるからって実家を継がんもんだから、奥さんが次第に鬱になってね。娘さんも嫁ぎ先から連絡はちょくちょくしてたみたいだけど、時代が時代なんで、なかなか帰省するわけにもいかんかったもんでね。結局倒産したんよ。Fさんの妻はそこに住んでたんやけど、子供らが学校いっている間に一番下の子と自殺してね。学校から帰ってきた子供が発見してね。。。」

 

 B「俺、その女の人の霊見たんですけど、呪われたりしないですよね?」

 

 A君父「それは正直わからん。やるだけのことはやるし、効かんかったら知人にも協力を仰ぐ。ただAがまだ発作を起こしてるから、今後も残るかもな。Aはここに住んでるし、生活には支障はないから大丈夫やと思うけど。まぁ、私の目が黒いうちは大丈夫や。私君・C君・D君も時間をかけて薄めるから安心してな。」

 

私「すみません。携帯のカメラで色々と撮影したんですけど、消去した方が良いですよね?」

 

A君父「それは罰当たりな行為や。今後気をつけなさい。ほら、ここのガラスのところに長い髪の毛が写ってる。わざわざ怒らせる必要はないし、そもそも後悔するくらいなら初めから危険な場所に入るな。」

 

この事件があって、15年が経過し、現在私は平穏に暮らしています。当然心霊スポットには行ってませんし、子供達にも自分に起こった出来事を話し、

「危ないところには近づくな。お父さんのように後悔するぞ!」と教え込んでいます。

 

そんな矢先、A君の母から、私の実家経由で連絡があり、A君父が病気で亡くなったとの連絡がありました。

その矢先、A君が車の運転中に発作が発生し、事故死したとの連絡もありました。

 

最近、家族が寝静まった後、仕事から自宅に戻り、洗面台の前に立つと左側の視野に黒いものが見えるようになりました。あの時カメラで撮ったものと同じようなものが、無意識に飛び込んでくるんです。

 

「私の目の黒いうちは大丈夫や」と言ってくれたA君父はもういません。

 

ただひたすらに、あの日を後悔しながら、おばあちゃんのお守りを握って、

「明日も無事に朝日をみれますように」と祈りながら、就寝しています。

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