転生

あと、思い当たる人が居たら知らない振りと言うことで。登場人物が多いので名前を付けますが、当然すべて仮名です。皆さんは「生まれ変わり」を信じるだろうか?俺は何となく、そんな事もあるかも、と思っていただけだった。その日、俺はマサさんとコンタクトを取るために某所に向かっていた。高速に乗るまで1時間、高速にのって3時間ほど。その日の朝まで、俺はある「女」と2週間ほど潜伏していた。落ち合ったマサさんは、韓国と日本での調査の結果と1枚の黄色く変色したモノクロ写真を出した。俺の背中にぞくっと冷たいものが走った。その写真の女は俺がガードしていた「女」、ジュリーこと姜種憲(カン ジョンホン)に瓜二つだったからだ。

 

 

 

俺はキムさんの会社の権(ゴン)と言う男に呼び出された。権さんはキムさんのボディーガード4人のリーダーだった。韓国生まれの韓国人。テコンドーの達人と言う事だ。他の3人、文(ムン)、朴(パク)、徐(ソ)の3人は在日朝鮮人。同じ空手道場の先輩・後輩だった。前回の話の後に結んだ俺とキムさんの契約では、権さんと俺は同格扱いだった。3人は明らか不満顔だった。権さんに言われて、俺は一番若い徐とタイマンを張らされた。徐は強かった。結果は、俺が苦し紛れに入れた頭突きと、鼻への指入れによって痛み分けとなった。しかし、俺はアバラを折られ、2週間ほど酷いビッコとヨーグルト等の流動食しか喰えない生活を余儀なくされた。だが、それ以来、俺は3人と意気投合し、彼らの空手道場にも出入りするようになった。結果的に丸く収まったのだ。3人は恐ろしく強かった。素手でも人を殺める事が出来る力を持っているのだろう。そんな3人は権さんを極度に恐れていた。刃物のような冷たい殺気と、人を萎縮させる雰囲気があって俺も苦手だった。

 

 

 

ビデオの画質はコントラストがキツ目だが、そこそこ鮮明だった。キングサイズのベッドの上に、フランス人形のようなヒラヒラした服を着た、黒髪の東洋人らしい少女が映っていた。かなりの美形だ。歳は14・5歳、いや、もう少し若いか?男が何かを質問し、少女が答える。やがて黒い目出し帽を被ったブリーフ姿の肥った白人の中年男性が少女に近づいた。どうやら、これは違法なキッズポルノの類らしい。撮影者が動いて様々なアングルから二人を映す。

 

 

 

やがて、アングルは定点になり、二人の男が一人の少女を犯す映像が延々と続いた。全裸にせず、着衣のままと言うのがマニアックだった。肥った中年の白人男性は大きいが硬さのないペニスをしつこく少女に舐めさた。もう一人の筋肉質の体をした若い白人男性はローションを塗りたくったペニスで少女の尻を突き続けた。やがて若い男が中年男の尻を突き、少女は突いている男の尻を舐めはじめた。若い男が中年男性の尻に中出しした精液を少女が肛門から口で吸い出し、掌の上に吐き出すシーンになって俺は吐き気を覚えた。やがてビデオは終わった。俺は憮然としながら権さんに「何ですかこれは?」と聞いた。権さんは「社長たちが仕事をしている間、私と組んで彼のガードをしてもらいたい」俺の思考は一瞬停止した。・・・彼?・・・誰?

 

 

 

そのビデオでは終始スカートを履いていたし、はだけて見えた胸も膨らんでいたので気付かなかったが、少女は・・・少年だったのだ。この二人の犯罪の発覚は非常にショッキングだった。モーテルの部屋で惨殺されていたのだ。死体はかなり凄惨な状態だったようだ。背後から銃で撃たれたあと、ナイフで切り刻まれていた。警察によって被害者宅から無数のキッズポルノのビデオが発見された。犯行現場に残されたビデオカメラに入っていたテープにファックシーンと共に惨殺シーンが映されていた。違法な児童ポルノで荒稼ぎした鬼畜共は、スナッフビデオに出演してその一生を終えたのだ。この事件は一時期、児童ポルノ業者が殺された事件として報道もされたらしい。

 

 

 

ビデオ出演は男娼が多く立つ街角に立っていて目を付けられたらしい。少年・種憲は「被害者」として保護観察となった。長い期間、精神病患者として入・退院を繰り返し、保護観察期間が終ると家族と共にカナダに移住した。キムさんはカナダの在住韓人コミュニティーの紹介でカナダに渡ったのだ。種憲の家族構成は、養父の白人男性、韓国人の伯母。夫妻が妻の妹の子供を引き取る形で養子となった。渡米時の年齢は12歳。事件は15歳の時に起したものだった。

 

 

 

しかし、権さんは「いや、あいつらには無理だ。奴らは確かに腕は立つ。ルールのあるスポーツなら私もあんたもまず勝てない。でも、スポーツマンじゃ駄目なんだ。パン・チョッパリは、土壇場で芯がないから駄目だ。今回は使えない。殺されるのが落ちだ」と言った。・・・酷い言い草だな・・・しかしそんなにヤバイのか?「詳しい話は社長に聞いてくれ。正直な所、私はこの仕事を下りたいよ。虎と一緒の檻に入って見張るようなものだ。マトモな奴には無理だよ」・・・無茶言うな・・・俺はマトモじゃないってか?・・・それも酷いような・・・数日後、キムさんが帰国した。そして、更に1週間後、問題の彼と母親のバーク夫人が来日した。

 

 

 

彼がバーク夫妻に引き取られたのは韓国で彼が家族を失ったからだった。彼は9歳の時に当時3歳の弟を事故で失っている。その後、両親は離婚し、彼は母親に引き取られた。11歳の時に父親が火事で死亡し、その後すぐに母親も自殺している。彼の家は父方は祖父の代で一族から絶縁されており、父親に兄弟は居なかった。母親には親族が居たが、彼の父親とは族譜上の問題があったらしい。一族の反対を押し切る形で結婚した為、夫と同じく絶縁されていた。彼を引き取り養育する者は、バーク氏と結婚して渡米した伯母しか居なかった。バーク夫妻には子供はなく、彼は夫妻に歓迎された。バーク家に来た当初、彼は一見普通の少年だった。しかし、すぐに異変は起こった。

 

 

 

彼の世話は主にメイド?がしていた。英語も初歩的な日常会話がやっとのレベルであった彼は学校へは行っておらず、家庭教師がついていたらしい。彼は放置状態にあった。そんな中、彼は家庭教師を誘惑し関係を結んでいた。家庭教師は本来はノーマルだったらしいが、種憲とのホモの関係が夫人に露見し解雇された。やがて彼は街角に立つようになり、例のビデオ屋に拾われた。女性ホルモンの注射もビデオ屋の手によるものだった。彼の保護観察期間終了後、バーク家は世間の目を逃れるようにカナダに移住した。移住後数年、彼の外見は美しい女性の姿になっていた。そして、バーク家に破局が訪れた。彼が義父であるバーク氏を誘惑し関係を結んでいたのが伯母に露見したのだ。

 

 

 

話の内容よりも、彼が一瞬垣間見せた、悪魔に憑かれたかのような狂気に恐れを感じて。あるカウンセラーが退行催眠という手法で治療を施した時、彼の口から思わぬ言葉が出てきた。「自分は日本のXX県OO市に住んでいた林善太郎の妻、林サチエだ。夫が雇っていた朝鮮人、姜時憲(カンシホン)にお腹の子と共に殺された。姜一族を根絶やしにして、夫と子供の恨みを晴らすために転生した」と言うのだ。バーク夫人は驚愕した。姜は彼の父親の姓だった。そして、時憲と言う名は確か、彼の祖父の名だと思い当たったのだ。彼女は韓人コミュニティーの祈祷師を頼ったが、「これは祓えない」と言われてしまった。何人かの祈祷師・霊媒師を経て、カナダ在住の貿易商経由でキムさんにこの話が伝わった。キムさんが北米で、マサさんが日本と韓国で動く事になった。

 

 

 

問題の種憲の祖父、時憲には兄がいた。姜相憲(カン サンホン)である。彼は韓国で存命だった。林善太郎、林幸恵は実在の人物だった。相憲は日本に出稼ぎに来て、材木商を営んでいた林家に雇われていた。林家の当主、善太郎は人格者としてその地域で多くの人に慕われていた。朝鮮人の内地渡航が制限されていた折、密入国同然で日本に渡り、行き倒れていた相憲は善太郎に拾われた。彼は善太郎に感謝し、恩に報いる為に一所懸命に働いた。善太郎は相憲に信頼を寄せるようになり、国に残した弟も呼び寄せてはどうかと彼に言った。相憲は弟・時憲を呼び寄せた。内地に渡った時憲も人一倍頑張って働いた。

 

 

 

まだ10代で、雇い人の中で一番若かった時憲に幸恵は優しかった。時憲は幸恵に恋心を抱いていたようだ。ある晩、善太郎の留守に時憲は本宅に忍び込み幸恵を襲った。幸恵の悲鳴に家人が殺到し、時憲は他の雇い人達に半殺しにされたようだ。その時に負った傷が元で、時憲は顔面麻痺で顔の片側が引き攣ったままになった。相憲は善太郎に土下座をして謝罪し、受け入れられた。時憲は隣町にある製材所に飛ばされ、年末年始の挨拶といえども本宅に近寄る事は許されなかった。幸恵が時憲に酷く怯えていたからである。やがて終戦となった。善太郎は朝鮮人の雇い人に国に帰るもよし、このまま残って働くもよしと言い、半数ほどが日本に残る事になった。相憲・時憲兄弟もそのまま日本で働く事になった。敗戦に街の雰囲気は沈んでいたが、林家に明るいニュースが生まれた。幸恵の懐妊である。善太郎にとって諦めかけていた初めての子。林家は喜びに沸いた。

 

 

 

非常に大きな商談だったらしい。商談が纏まり、林家に戻った善太郎と相憲を待っていたのは、とんでもない悲劇だった。妻の幸恵が暴行された上に絞め殺され、手提げ金庫ごと多額の現金が持ち去られていた。賊は更に屋敷にも火を放っていた。それだけではなく、林家の材木置き場にも火は放たれた。長い間雨が降っていなかった冬の強風の夜、火はあっという間に広がり町を広範囲に灰とした。戦後の物不足の折、材木不足も深刻で、備蓄の全てを失った林家は契約履行に必要な材木の手当てがつかず多額の賠償を負った。幸い、雇い人の宿舎は離れた場所にあったので、雇い人は全員無事だった。大火の晩、姿を消していた時憲を除いて・・・幸恵殺しと放火は時憲の仕業とされたが、三国人の犯罪に警察の動きは鈍かった。そして、雇い人の放火で火事を起した林家には町の住民への賠償も圧し掛かった。林家は破産した。

 

 

 

ある時、相憲は同じ町で働いていた朝鮮人の男に善太郎の死を聞かされた。「せめて線香の一本でも」と町に戻った相憲は、町の人々に墓参りも許されないまま石を以って追われた。町から朝鮮半島に渡っていた家庭は多く、引揚船で戻ってきた引揚者の惨状が広まっていた。特に女子供の受けた仕打ちを見聞きして、朝鮮人に対する感情が最悪となっていた。何より、町の名士から受けた恩を仇で返して破滅させた朝鮮人、極悪人・姜時憲の名は忘れられてはいなかったのだ。暫くして相憲は帰国船に乗って韓国に戻って行った・・・相憲は朝鮮戦争後の韓国で、日本とのコネクションを活用して貿易商を営んでいた。ある日、相憲の所に男児を連れた時憲が現れた。相憲の成功を聞きつけてやって来て「たった2人の兄弟だ云々・・・」と言って、時憲は相憲を頼ろうとした。相憲の血は逆流した。相憲は林家を慮って、妻も子も設けなかった。時憲に暴行され子供を身篭り、結婚させられた歳若い妻と息子がいなければ、その場で時憲を殺していただろうと相憲は語ったと言う。相憲はかなりの額の手切れ金を「妻と子の為に」渡し、時憲に絶縁を言い渡した。

 

 

 

林家の菩提寺を訪れたが、林家は既に断絶していた。マサさんは住職に姜相憲から預かってきた金を渡し、林家の供養を依頼すると共に当時のことを知っている人物はいないかと尋ねた。住職は金を固辞した。林家は檀家を追放され、寺の墓地にも林家の墓はもうないと言う事だった。ただ、林家から檀家総代を引き継いだ大森家は林家の親戚であり、当時を知っているご隠居さんは100歳近くで健在だった。マサさんは住職の紹介で大森家を訪ねた。大森家の長老は当時のことを鮮明に覚えていた。その部落には歳若くして亡くなった死者の背中に筆で名前や家紋を書いて葬る習慣があったそうだ。そして、文字や家紋の「痣」のある子供が生まれると、死者を葬った家と赤子の生まれた家とは新たに「親戚」となるのだという。親戚となった両家は子供によってもたらされる福運により発展するのだと言う。子供の痣は、死者を葬った墓の土を水で溶いたもので7日間洗い続ければ落ちるのだそうだ。

 

 

 

やがて、全財産を失い孤独の身となった善太郎は、町外れの洞穴に住み着いていた祈祷師の元に通うようになった。祈祷師と善太郎が洞穴でなにをしていたのかは判らない。だが、善太郎は妻の死から2年後に発狂した。土葬された妻の墓を暴き、洞穴で割腹自殺したのだ。暴かれた幸恵の遺体(骨)の殆どは善太郎に「喰われて」残っていなかった。幸恵の実家の父親が若者を駆り出して祈祷師を捕らえ、事情を聞きだした。詳しい内容は判らず仕舞いだが、どうやら善太郎の行動は呪いの儀式だったようだ。それも、檀家総代が先祖累代と共に寺から追放されるような外法であった。マサさんは大森家で話を聞くと共に、1枚の写真を貰い受けてきた。林幸恵・・・女性化した姜種憲に酷似した、若い女の写真だった。

 

 

 

ニューハーフ、特に性転換して完全に女性化した者の中には、本物の女よりも美しく物腰も女性らしい者が少なくない。しかし、どんなに美しく優雅な物腰でも違和感は隠せない。少なくとも、女だけでなくニューハーフともかなり遊んだ俺には判る。その違和感の部分が堪らないのだが・・・女性経験のない男性諸氏はニューハーフには近付かない事だ。ある意味「違和感」とは、若い男が女に抱いている妄想や幻想そのものだからだ。だが、ジュリーには、その「違和感」がなかった。精神、いや、魂の根本から女性なのだ。とにかく、ジュリーの美しさにはゾクッとくる迫力があった。それは天性の危険な魅力。この女の為なら破滅するのも悪くはない、と思い込んでしまっても無理はない魅力があった。まさに「魔力」。事実、彼女は「女」になる前から、普通の異性愛者だった男も虜にして何人も破滅に導いているのだ。

 

 

 

自発的にではなく、砂鉄の中に磁石を放り込まれたかのように、有無を言わせずに引き込まれ、情欲を沸き立たされる「何か」があった。確かに、ただの空手屋には手に負えまい。何日も一つ屋根の下にいれば、我慢できずに襲い掛かりかねない。だが、コイツは猛毒の針を持った食虫植物のような女なのだ。だからと言って、女でも駄目だ。どういう訳か、ジュリーは美しさ故と言うわけでもないのだろうが、女から敵視され、しばしば殺意さえ持たれた。彼女の母親となったバーク夫人でさえ、彼女を押さえ付けて犯していた夫ではなく、ジュリーに殺意を抱いていた。事前情報の「彼女が誘惑して」と言うフレーズには、バーク夫人とジュリーと関係を持った男達の主観が大きく作用しているのだ。俺は仕事でストーカーからのガードをしたこともある、ニューハーフのアリサに身の回りの世話の為、同行を依頼した。アリサは日本人のニューハーフだ。帰国子女で英語にも堪能。ジュリーと同様、近親者に慰み者にされた末に放逐された過去を持つ。さらに、鋭い霊感を持っていた。アジア系のニューハーフで美しいのは、タイ人と韓国人が双璧だと俺は思っている。しかし、アリサも「生まれつき」の女にも、ちょっといないレベルの美人だった。いや、ジュリーもそうだが、神が何かミステイクを犯して彼女達にY染色体を配分してしまっただけで、彼女達はあくまで「女性」なのだ。

 

 

 

予想通り、ジュリーは「意識的に」男を誘惑したことはなかった。彼女の主観では、むしろ男に襲われ嬲り者にされ、女からは常に敵意を向けられてきた。女性に対する恐怖は死んだ母親やバーク夫人の影響が強いようだ。韓国にいた頃は同級生や上級生の女児から酷いいじめを受けており、大人の男性から性的な悪戯もされていたようだ。彼女の凶暴な側面が現れたのは、発作的に弟をマンションのベランダから投げ捨てた時からだった。父親から性的な暴行を受け、母親から激しい折檻を加えられている自分と弟を比べて堪らなくなったと言うのだ。それ以来、彼女は時々自分自身では制御できない衝動に駆られて行動するようになった。父親の時も、街角に初めて立ったときも、バーク氏の拳銃を持ち出して使った時も・・・始めは襲われて無理やりだったのに、そのまま男達と関係を続けてしまったのは、自分を「女」と確認する為だったらしい。それと、逃げたり拒絶する事に強い恐怖を感じていて、抜け出せなかったとも語っていた。彼女本来のキャラクターは、気弱で大人しく、いつも他者から傷付けられる事を恐れている、か弱い女性のものだった。だが、その「いかにも」な性格の反面として内在している彼女の「獣」は凶悪で危険だった。俺の中の警報装置は、危険!危険!と赤ランプを点滅させっぱなしだった。父親のバーク氏は「娘」を取り戻そうとして見境の無い状態になっていた。カナダからの情報では、かなりの金を使って日本で人を動かしている。凶暴化したジュリーが脱走する恐れもあった。乗ってきた車も文たちに持って帰らせ、俺達は完全な缶詰め状態で潜伏を続けた。マサさんが「準備」を済ませ、潜伏中の俺達に連絡してきた時、潜伏開始から2週間を過ぎていた。

 

 

 

前日、朴が来た時、ジュリーはかなりナーバスな状態にあったが、その時は落ち着いていた。同じ境遇で、歳は近いが年長のアリサの存在はやはり大きかった。俺と権さんだけでは、2週間にも及ぶ潜伏生活は不可能だっただろう。マサさんは俺に話した韓国と日本で調査した内容をアリサの通訳を介してジュリーに話して聞かせた。バーク夫妻も俺達も、ジュリーには退行催眠で彼女が話したこと、彼女が林幸恵の生まれ変わりだと言ったことは教えていなかった。カウンセラーの操作でジュリーも催眠で自分が語ったことを忘れている。だが、マサさんの話を聞くと大粒の涙をボロボロ流しながら、肩を震わせて泣いた。マサさんは『寺が林家を供養して、新しい墓を立てることになった。一緒に行かないか』と、たどたどしい英語でジュリーに言った。ジュリーは「YES」と答えた。マサさんが訳を話して住職に頼み、檀家総代の大森家が動いて檀家衆を説得したのだ。役員で反対を表明するものはいなかった。マサさんとキムさん、ジュリーと俺と権さん、そしてアリサは2台の車に分乗して、林家のあった町に向かった。俺の運転する車に権さんとアリサ、そしてジュリーが乗った。ジュリーにとっては、祖父の罪を林家と幸恵に詫び、供養して赦しを得る為の旅だっただろう。しかし、ジュリーは目的地が近付くと涙を流しながら『初めて来た所なのに懐かしい・・・』と言っていた。俺は何か予感じみたものを感じていた。

 

 

 

当主の杉村氏は50歳前くらいの男性だった。ふと、仏間に目が行ったときに俺は気付いた。杉村家は林幸恵の実家だ。額に入った若い女の写真。あれは林幸恵に間違いないだろう。学校から帰宅した杉村氏の高校生の次女を見たとき、確信に変った。杉村家の人々も驚いていたが、ジュリーと彼女はまるで姉妹のように似ていたのだ。ジュリーも杉村家に来て、理由の判らない懐かしさを感じていたようだ。翌日土曜日、杉村氏に伴われて俺達は町内を見て回った。ジュリーは言葉には出さないが、見るもの全てが懐かしいといった風情だった。あちこち見て回って、ある地蔵の前に来た時、俺はぞわっと寒気を感じた。地蔵の背後には鉄柵と鍵で封じられた深そうな穴がある。穴からは嫌な空気が漂っていた。横を見るとジュリーが立ちくらみでも起したように倒れ掛かった。近くにいた杉村氏がジュリーを抱き止め、その日はそれで戻る事になった。ジュリーは杉村氏に背負われて杉村家へ戻った。

 

 

 

林家の墓所だった所で住職が経を上げて、墓地での儀式は思ったより簡単に終わった。本堂に戻ると其処には縄の囲いと護摩壇が用意されていた。これからが本番のようだ。護摩が焚かれ、住職が経を唱えながら火に護摩木を加える。炎は天井まで焦がすのではないかと言うほど高く上った。住職の読経は続く。ぞわっと異様な気配を感じてマサさんを挟んだ位置にいるジュリーを見た。汗をびっしょりかいてぶるぶる震えている。美しく整っていた顔は悪鬼の形相だ。遂に彼女の中の「獣」が目を覚ましたのだ。彼女は奇声を上げて立ち上がった。

 

 

 

そして、落雷のような大きな怒声で、日本語で叫んだ。「林幸恵、姜時憲は姜相憲がお前の敵を取って殺したぞ。姜種憲を除いて姜一族は死に絶えた!お前の恨み、善太郎の恨みは晴らされたぞ!」マサさんの言葉を聴いて俺はギョッとした。マサさんの言葉が終った瞬間、ジュリー=姜種憲はその場に崩れ落ち、意識を失った。後日マサさんに聞いた話によれば、マサさんが韓国から日本に戻った後、姜相憲は姜時憲を刺殺し、同じ銃剣で首を突いて自殺した。姜時憲は生きていたのだ。時憲の居場所を相憲に教えたのはマサさんだった。そして、相憲に居場所を教えるようにマサさんに頼んだのは、他ならぬ時憲本人だった。この話には更に裏がある。

 

 

 

すると、杉村氏が俺に話しかけてきた。「大変だったようですね。ジュリーさん、あの方、昨日も調子悪かったみたいですものね」「・・・・・・・」「あなたは日本の方なんですよね。他は韓国の方たち。どういう縁なんでしょうねえ?日本で半世紀も無縁仏だった家の供養をする為に韓国の方たちがやってくる・・・・・・特に、ジュリーさんとは、家の者もそうらしいのですが、何か深い縁を感じます。昨日も胸を締め付けるような感じが・・・娘に良く似ているからですかねえw」「杉村さんは輪廻転生って信じます?私は信じている方なんですけど、縁を感じるということは、案外、前世では近い関係にあったのかもしれませんよ。こうしてお会いしたのも縁あってのことでしょうし・・・」「それと、付かぬ事をお尋ねしますが、ご家族に変った形の痣やシミのある方は居ませんか?三角形とかの奴」「私の腰のところに三角形の痣があります。子供の頃は随分気にしたものです。今はレーザーで消せるらしいけど、長年そのままだったし、今更どうこうするつもりはないですけどね。それが何か?」「いや、何となく。そんな話をちょっと聞いたものでね」「ああ、住職さん?」「はい」

 

 

 

2・3日の後、ジュリーとバーク夫人はカナダに帰国した。空港で2人を見送った後、アリサを下ろした車の中でマサさんは韓国での事を話し始めた。「姜時憲はあの日、幸恵を連れて逃げようとしていたんだ。幸恵の腹の子は時憲の子だったんだよ。本宅での事件の後、外出帰りに幸恵は時憲に再び襲われて犯された。だが何故か、その後も人目を避けて時憲を受け入れていたんだが、それは相憲の身代わりだったんだ。相憲と愛し合っていた幸恵は相憲の子を望んだけど、相憲は善太郎への忠義から幸恵に指一本触れなかったんだ。それで、身代わりに時憲が選ばれたということだ。駆け落ちを拒まれて、自分が兄貴の代わりの種馬にされた事を愛する幸恵に言われて逆上して、思わず首を絞めちまったんだよ。殺す気は無かったんだ・・・時憲は後悔していた。だが、火を放ったのは自分ではないとも言っていた。全ての人に見捨てられ、病気で間もなく訪れる死を後悔の中で待ち続けていた彼が、嘘を吐いているとは俺には思えない。・・・あの老人は相憲に殺される事をずっと望んでいたんだ」

 

 

 

マサさんが酔い潰れるのを見たのはその時だけだ。酔ったマサさんは死んだ目で語った。「善太郎と相憲を裏切って苦しんでいた時憲は、同郷の男に酒の勢いで秘密を話していたんだ。そいつは時憲に『幸恵を連れて逃げろ、お前の子を身篭った女だから絶対について来る』、と焚きつけたのさ。あの洞穴に住み着いていた男だ。その男が善太郎をけしかけて、禁呪の外法を行わせたんだ。裏切り者の幸恵を使って、憎い相憲と時憲の一族を滅ぼす為のとびっきりの奴をな。護摩の前の晩、俺は洞穴で・・・あの地蔵のところで儀式をやった。姜種憲、長くは無いだろう」マサさんは善太郎が割腹自殺した洞穴で、善太郎の悪霊を「井戸」に送る儀式を行ったのだ。善太郎の呪いの道具である姜種憲=幸恵もやがては「井戸」の中に・・・俺も久々に大酒を呑んだ。

 

 

 

末期癌だった彼女の日本行きは、ある時は憎み、殺意まで抱いた種憲を救うための決死行だったのだ。だが、彼女の願いは叶わなかった。2年後、ジュリーこと姜種憲は、ルームメイトと共に養父であったマイケル・バークに撃たれて死んだ。林幸恵と同じ27歳の冬だった。報せを受けたその日、俺は正体がなくなるまで飲み続け、アリサと初めて寝た。終わり

               

                                                                                                                                                                                                                                               

                                                                                               

 

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