小学五年生から中学一年生の終わりにかけて、Aさんにある心霊現象が続いた。
「べつに直接何かを見たというわけではないんですが・・・」
誰かに背中を叩かれるのだという。
外で友達とサッカーをしているときや、家でテレビゲームをしているときなど、何の前触れもなく背中を「ぽん、ぽん」と軽く叩く者がいるのだ。
そのたびに後ろを振り返ってみるが、誰の姿もない。しかし背中には服越しに手のひらの感触がしっかりと残っている。
そんなことが度々起こるので、薄気味悪さと、もやもや感だけが募っていった。とはいえ、他に何かをされるわけでもなく、実害があるというほどでもないため、あまり深く気にしないようにはしていたのだという。
Aさんが中学校に上がって数ヶ月経った頃。
部活帰りに一人で帰っていると、道の向こうから同い年くらいの男女が楽しそうにお喋りしながら歩いてくるのが見えた。
当時は思春期真っ只中だ。彼らを眺めるAさんの胸の内に羨ましさが芽生えた。
「自分も可愛い彼女がほしいな」
そう、ため息をついたときだった。
ーーぽん、ぽん
背中を二回叩かれた。
反射的に後ろを振り返る。が、目の前には誰も立っておらず、そこには寂れた駅前の光景が広がっているだけだった。
いつもなら、「またか」と不気味に思うだけである。しかし今回は別の感情が湧いてきた。
ーーもしかして、慰めてくれているのかな。
落ち込んでいる自分に、元気を出せと背中を叩いてくれているのかもしれない。
そう思うとなんだか、この姿の見えない霊に親しみを覚えてきた。
いったいどんな奴なんだろう。
不気味に感じていただけの存在に対して、はじめて興味が生まれる。
漫画に出てくるような、可憐な女の子だったらいいのになーーそんなことを夢想しながら、その晩は眠りについたという。
翌日のことである。
一時間目の授業を終え、友達同士机の周りに集まってテレビゲームの話をしていると、そのうちの一人が「そういえば昨日さ」とAさんに話しかけてきた。
「駅前で部活帰りのお前見かけたんだけど、一緒に歩いていた人誰?」
Aさんは驚いて友達を見つめた。たしかに駅前は通ったが、昨日は誰とも一緒に歩いてなどいない。
単なる見間違いではないかと指摘しようとしたとき、Aさんの脳裏に一つの考えがよぎった。
もしかすると、あの霊のことではないだろうか。
「それって、男?
女?」
「ええと、女だったよ」
胸が少しだけ高鳴る。昨日の晩に想像した可憐な女の子が頭に思い浮かんだ。
どんな人だったのかと半ば興奮気味に質問すると、なぜだか友達は言いにくそうな顔をした。それでも構わず聞いてみると、やがて口を開いて答えた。
背中がぐにゃりと曲がった老婆だったという。