ラブホテル

あの頃、俺はまだクロス職人してた。余談やけど若造の中ではピカ一の腕や言われてました。自慢です。現場を終わらせて、当時付き合ってた彼女に会いに車で西淀川の姫島(大阪ね)まで行った。そこらへんに彼女住んでたからな。よう覚えてないけど22時頃…過ぎてたと思う。季節は今頃。西淀川にでかいクボタの鉄鋼所があるねん。その工場の横は川沿いになってて、ずっと先はクボタの私有地の広大な野原で、そこは海との入り江になる。車で行けるとこまで行って例の如くイチャついてたワケ…なんやゴチャゴチャしてたら、やっぱりヤリたなって…そう、性交ってヤツをや…近くのラブ・ホテルに行くことにした。大阪の奴は知ってる思うけど、国道43号線のあの辺りはラブホ結構あるやん?ほんでテキトーに選んで入ったんや…これなー、残念やけどホテルの名前も部屋番号も忘れてんねん…そんな余裕なかった。でも今もある。43から見えるねん。今度見たらホテル名教えたるわ。ホテルに入って、エレベーターに乗って部屋に行く…別になんもない、普通の部屋やった…ほんで、さっそくベットに入った。部屋の明かりは点けたままやった…ここで一つ書いておくことある。今から考えたらやで、もう部屋に入った時からバスルームの方で、ドタンッバタンッ何か暴れてるみたいな音ずっと鳴っててん…でもホテルのトイレとか風呂って排気の音とか結構するやん?俺そんなん全然気にならへんし、その時も気にしてなかってん。ほんでベットでイチャつき始めてすぐやった…キーン明らかに今までと空気が一変した。なんやこれ?思った。その空気の一瞬の変化を表現するのが難しい。金縛りにようなる奴は分かると思う。強めの金縛りがくる前のあの感覚に似てる。ちなみにおれが体験した中で一番近いのは阪神大震災の時。おれ地震が起こる10~15分前に空気が急変したのを感じてん。その時もキーンやった。忘れられへん。寝てた女(別の奴)を起こして「おい、何かおかしい。耳澄ましてみい」言うたけど、その女は何もないって言うて寝よってん。その10分後ぐらいにそいつが「あっ…何かジーって鳴ってる…」言うた直後ドーンや。話しホテルに戻すわキーンなんやこれ?おれの動きが止まる…同時に彼女の動きも止まる…やっぱり彼女も同じこと感じててん。この感覚なんやろ?二人とも動きが止まって、お互いの顔を見合わせたその瞬間…ギャー!うわっ!おれと彼女は全く同時に叫んでお互いをドンッて突き放した。彼女は布団で顔を隠した。おれは「顔やろ!?顔やろ!?」って彼女に言うた。彼女は布団に顔をうずめながら、うん、うんって何回もうなずいた…なんや思う?二人ともまったく赤の他人の顔やってん。キャー!「黙れ!」怒鳴った。俺も怖かったからな。「イヤ…イヤや…」彼女は泣き出しそうな声でずっと言うてた。「顔が違うやん…なあ?」そう言うて顔見合わせた。「…」二人とも一瞬お互いを見てすぐ顔を背けた。…見られへんねん。あらためて見た彼女はいつもの顔に戻ってた…でもな、眼やねん眼。もうな、眼がまったく知らん奴の眼やねん。それがとんでもなく恐ろしい眼やねん。見開いた…死んだ魚の目みたいな感じ…でも意識はある「眼が全然違うやんな」俺がそう言うたら彼女もうなずいてた。二人とも顔を見合わせることでけへんから違う方向を向いて喋った。その時、やっと気づいてん。その部屋の空気が尋常じゃないことに。これも表現できひん。ズンって重たい‥目の前に何か煤けた透明のフィルターを一枚通した感じ…明らかに普通じゃなかった。パンパンに膨れあがった風船が今にも破裂しそうな緊迫した[気]を全身に感じてん。霊感ゼロのアホのおれでもわかるねん。すぐ出なヤバイって。それ以上、部屋におったら取り返しのつけへんことになる予感した。二人とも慌てて服を着て出ようとした…けどなかなか着ることできひんねん自分らな、映画とかで役者がガタガタ震えるのん現実ではあんまりなったことないやろ?あの状態。立たれへんぐらい全身が震えてるねん。実際、立たれへんねん。これな、大袈裟とちゃうで、手なんか4、5センチぐらいの幅で震えてた。人間な、まったくの未知の世界に放りこまれたら好奇心もクソもない。絶望に近い恐怖を感じるねん。それだけや。二人とも違う方向を向いてガタガタ震えながら服を着ようとしてた。焦ったらあかんねやけど今にも背中の方で風船が爆発しそうやってん。適当に服を着て、二人とも絶対に振り向かんようにエレベーターまで歩いた。走らんようにな。エレベーターに乗って…鏡張りのエレベーターやった…鏡に映る彼女に「なんやろ?これなんやろ?」言うた。彼女はずっと下向いたまま首を横に何回も振ってガタガタ震えてた。俺の全身も立ってられへんぐらい震えてた。車に乗って爆走でホテルから逃げてん。ここまで僅か10分足らずの出来事やで。ホテルからでて、彼女の家までいくとき‥西淀川の福町って多分いまもそうやと思うけど、街灯ない上、工場地帯やから道が暗くてヤヤこしい。ハンドル切ろうとした時、おれ何かしらんけどヤバイって思った。同時に彼女が横であかん!って叫んだ。急ブレーキ。何かわからん…でも絶対にそっち行ったらあかんねん。信じられへん思うけどな、彼女の家に着くまで、二人とも全く同じ道のりを言うてん。普通やったら5分で着くのにめちゃくちゃ遠回りせな着けへんかった。絶対行ったらあかん場所があってん。家に着いたら電話するからって言うて彼女を車から降ろした。ホテルからそれまで二人とも顔は見てない。ルームミラー見たら車で帰るおれをずっと心配そうに彼女が見てた。まだ、あの眼やった。怖くなってアクセル思い切り踏んで逃げた。家着いてしばらく会うのヤメよって電話した。次の日の朝、鏡見てまた震えた。おれの眼、彼女と同じ眼やった。あの眼のままやってん。一週間、鏡を見ることできひんかった。彼女も同じこと言うてた。他人の眼やった。おわりこれ何やと思う?ほんでこの話聞いた人にだけ言うといたるわ★ラブホテルではコーマンきめるなこれやね我慢しろ。過去にそのベットで何があったかわからん。おれはあの時から行ってない…一回あるな…まあええか。あの時、バスルームに行ってたら…とか、出るのん遅れたり、帰り道を間違ったらどうなってたんやろとか考えたけどな。多分、何にもないねん。ただ、おれだけの妄想じゃなく二人とも他人の顔を見たのは事実やからね。はい、これどないやねんって話でした。

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