夢と破滅

あるところに一人の大富豪がいた。大富豪は開拓という夢をもっていた。丁度その頃海を隔てた向こうに安い土地があった。大富豪はそこに移住した。平山地(平地に山が一つか二つポツネンとあるような土地)に目をつけた。山はそれなりにおおぶりで小川。その開拓先の国というのは首都がスラムだらけのところだったけど。そこは広々とした平原に田畑が広がり。住民は木製の小屋を立てて、質素ながらも生産的な暮らしていた。大富豪はその村の人全員を集めてこういった。「税金でもっていかれる部分以外の穀物を私に独占的に商わせてほしい。 そのかわりに、私はこの近くに鉄道を誘致しよう」

 

 

 

「駅ができたらその話にのろう」といってきた。大富豪は計画が難航していた鉄道の建設に無償融資(隣の駅からこの場所~そして次の駅まで線路を引く全額)を行った。国は約束をまもり一部路線をじゃっかんずらしてくれて、駅が出来た。住民達は大喜びで大富豪の会社に穀物の独占販売権を与えた。次に大富豪は住民達の同意のもと村もろともその周囲の広大な土地を買った。住民達は彼ならばやってくれると期待していた。近隣の山六つを中心に360度、地平線の彼方までが彼の土地となった。次に彼は買った土地を買った値段より安く売り始めるようになった。彼が買う前、そこは国有地で、住民達は不法労働という咎をとがめられない代わりに重税を敷かれていた。住民達は穀物を打った金で自分たちの土地を手に入れ、重税はなくなった。住民達は彼をたたえ、村で唯一の金物師に錫と銅をわたし、彼の銅像をつくらせた。大富豪はそれを一瞬たりと直視できなかったという。チラっとみて真っ赤になって、以後その銅像のある場所にはよりつかなくなったそうだ。

 

 

 

その国の人口密集地とは、その国を食い物にしてきていた、王朝関係者の影響力がつよいところばかりだった。土地の多くも彼らのものなら、その土地の上に住まう人たちは、彼らから稼ぎをピンはねされ、とても学校にいくゆとりはなかった。つまり、彼らの影響下から脱することこそが、勉強をするより前に必要だとおもっていた。肥沃な土地ならまだまだある。ならばあとは学校があればいい。その国の言葉と日本語の双方を話せる教師を探した。算数、理科、英語まで教えられる人が大富豪の名望に夢を抱いてやってきた。そのほかにもその国の言葉はできないけれど、音楽や美術などなら教えられ、熱意もあるという人も雇った。大富豪はその村の人口がまるごと収容できるような学校を建てた。しかし彼は宣伝を一切しなかった。彼は頭のいい人ほど、忙しくとも、情報に耳をそばだてることはやめないと思っていた。はたして彼の思惑は成功し、ちらほらと小作人希望者がやってきた。大富豪は彼らを迎え入れた。多くの小作人達の収入は十年後には以前の倍となった。また彼らのつれてきた子供達は勉学をまなんだ。この頃から少しづつこわれてきた。度々、村の住民でない、裕福なその国の人たちがやってくるようになった。彼らはぼうっきれを武器にして学校に討ち入るなどをしはじめた。かれらはその国に昔あった王朝の関係者達だ。彼らのもとから逃げ出した小作人達が幸せそうにくらし。その子供達が学問を学んでいるのが恐ろしかったのだ。将来、自分たちの権益をおびやかすとかんがえていたのである。この人たちは大富豪の母国のことを悪くいうようになっていった。電車の駅があることが災いした。穀物庫に火をつけられるのはきまって列車の発車時刻より少し前。人口の少ない村は官憲も少なく。暴徒相手には無力だった。この暴徒は後に独立運動家とよばれたたえられる人たちである。大富豪は三つ目の穀物庫がやかれたとき延焼をくいとめるための打ちこわしに参加し。たおれてきた木材の下敷きになって死んだ。

 

 

 

大富豪の息子は村の学校を出たあとに高等学校にいってきたが。かえってきたのは十三歳というわかさでのはなしだった。卒業こそしていないが高等学校からは「彼に教えられることばかりだった」という添え状があったそうだ。その彼は頭はいいが、大変かわりもので活用する気力がかけていた。当年20歳になるまで七年間、各地を歩き回って写生を行う芸術家を志す人でもあった。彼は大富豪の残したノートから大富豪が抱いていた夢を理解し、それをひきついだ。悲嘆にくれる村人達は日本式の神社を模した小さな社をつくってくれていた。そこに集っていた村人達のもとへと出向き、こういった。「あなたがたは父を実の父と同様にあつかってくれた」すると小作人や村人達はこう言い返した。「いいえ、ここにおわすのはかみさまです」「いいや。君達は私の魂の兄弟だ。君達の魂は父の子だ。 父が残した遺産のうち独占販売権をみなさんにあげよう。 そしてあらためて言いたい。私にそれを売ってくれ。」学問を学んだ村人達のうち何人かはこの青年がなにかをする気だとさとった。「では私はそのおかねをあなたに捧げます。」結局もとの木阿弥であったが。青年は混乱する村の収拾をみごとにやりとげた。

 

 

 

「君達は父をかみさまだといってくれた。 今度は君達がかみさまになる番だ。 私はこれからこの国の貧しいところで苦しんでいる者のうち 君達と同様に才能のある人たちをあつめてこようとおもう。 最初のうち彼らは君達の手助けなしではやっていけないだろう。 しかし、私も手を貸す。一緒にやってくれ」物議をかもしたものの、村人達は納得した。そして何名かの村人が選抜された。青年は手に職があり、なおかつ、貧しいもののうち特にこどものいる家族をつれてくるように言った。村人達には旅賃があずけられ、彼らは方々に旅立っていった。

 

 

 

大富豪の残した土地のうち森の傍には伐採場ができあがり。また、良い土が取れる場所のすぐ近くにはため池がつくられ。藁を混ぜた頑丈な粘土が大量に生産されていた。その粘土が村人達の木製の小屋を補強して、見場はがらりとかわっていった。その補強などを手伝ったのは、青年が各地からあつめてさせてきた、貧しい職人達であった。父親があつらえた、豊富な食料生産力を持つ村を、彼が町にかえていく事業だった。発展ぶりがみとめられると武装警官の数も増員され。駅には常にテロリストの乗降を監視する目が光るようになっていた。こうなってくるとほかの株式会社もだまってはいない。駅がとまるし村には学校もあって、日本語の読み書きも、現地語のよみかきもできる人材がいるのである。しかも食糧事情のゆたかさから村にはたくさんのこどもがいた。青年のもとには面会がひっきりなしにおとずれ。彼は父が残してくれていた土地を安価で提供し。町の形態をとりはじめた村のすぐ近くに工場などがたちはじめた。そしてそこで働く日本人従業員を対象とした商店なども誘致されだす。町にはいくつもの近代建築がならぶようになっていった。区画整理がはじまるようになると、村人達の農場はつぶさざるをえなかったが。このとき村人達は大金を手にして、町のもっと郊外にもっと大きな農耕地を手に入れた。若干この立身出世から脱落者も出たが、村人の多くが一代でのし上がった。青年の銅像が大富豪の銅像の横に築かれた。村人達が交代交代で働き、日本式の神社の神殿のみが築かれた。

 

 

 

彼は江戸開拓事業の頃の文書を愛読書にしていたらしい。青年は世界中にまだない町を描けるというのがおもしろそうだからやっただけだったまだまだ発展途上の町を青年は描いた。その町がモデルとなる最初もその次も描き捲ったそうだ。この青年は後に西洋を中心に人気のある写実主義の日本画家として名を残す人物である。その後不幸がおとずれる。そして日本は負けてしまった。このころテロリスト達が大挙して押し寄せたが。村人達はすでに二代つづけてのカミサマの熱心な信者だった。彼らは農耕器具を武器にしてテロリスト達にたちむかい撃退した。青年とその家族は彼らの護衛のもと釜山港におちのび。そして泣きじゃくる村人達にみおくられて朝鮮を去った。

 

 

 

テロリスト達はまず自分たちが悪徳な日本人を追い出したと主張した。彼らは逃げ遅れた日本人を襲撃して殺し犯し、その遺産を支持者と山分けにする形で。目先の利益でつって支持者をかためた。やっていることがやっていることなので彼らはたちまち金持ちになった。具体的な資金が発言力につながり、日本人たちが発行していたハングルの文書の摘発に動いた。そこには彼らが李氏朝鮮の王朝系の流れをくむ反体制派であることと、その犯罪行為が描かれているからである。また現地にあった出版工場を接収して自分たちにつごうのいい本を刷らせるようにした。このとき、町の学校はハングルの教科書の引渡しを拒んだために、たてこもりをきめた児童や村人ごと焼かれた。こうなるともう都合が悪い。支持者以外の村人も全員殺すことになった。そして町はテロリスト達が自分たちのものとして分け合った。わずかにこの虐殺から逃れた人たちは手元の資金をかきあつめた。そして、天国から地獄に転落した母国を捨てる決意をして済州島にわたった。そして密航という手段で日本にやってきた。私の祖父もその一人である。彼は残念ながら帰化できずにおわったが私の父は日本人だ。もちろん私も。私の父は青年を探し出した。彼は老人となっていたらしい。この話がここまで詳細に描けるのも彼が大事にしていた大富豪と自身のノートをみせてもらったからだ。その後父の信仰フィルターがかかっているので事実と若干違うかもしれないがあしからず。父は町がたどった悲惨な歴史を語り。世に訴えるべきだと説得したらしい。「やりたい人がやればいい。父も私もどうも目立つのは嫌いでね。 たとえばね。せっかく画家になれたのに作品はほとんど眠らせてあるんだ。」彼の人柄を物語るのはこれが事実であることだ。彼が有名となるのは彼が死んで、その遺族が貯めていた作品を公開してからである。私は日本人として、昨今の政治事情を憂慮する。身を削らずに、ペラペラとしゃべるひとほど、クローズアップされるのがそもそも問題だ。身を削る指導者のもとで、壮大な夢を追った者の子孫の一人として言う。有名無実は害をなす、無名有実は益をなす。

 

 

 

有名無実のゲスどもの足の引っ張り合い(韓国VS北朝鮮)の最中に焼き払われた

 

                                                                                                                                                                                                                                               

                                                                                               

 

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