一見するとどこにでもいる、ちょっと背が曲がったお婆さんなんだけど、
目がとにかくおかしい。見開いて、異様に大きい目が瞬きもしない。
普通の人は目の下に頬骨があって、眼窩はへこんでる。だけどそのお婆さんは、
不自然に凹凸のなくのっぺりした顔。皺だらけなのに目は埋もれていない。
魚の、キンメダイやサケガシラみたいにどろんとした目。
あのお婆さんが生まれて初めて恐ろしかった気がする。
なにをどういいわけしたのか、もごもご言っているうちに、
おばあさんは随分親切になって、家の中に私を連れ込みました。
それから、色んな話を聞いた気がするけど、私はもう帰りたくてしょうがなかった。
「もううちにかえらないと」というと、お婆さんは随分渋りました。
「ここにずっとおればええがね」「ここにずっとおればええがねぇ」
と私の左肩をつかんで揺すりましたが、もうここから抜け出したいの一念で、
「うちにかえらな」「うちにかえらな」と言っていました。
とおうとう諦めたお婆さんは、奥からジュースを取り出してきました。
スイカのジュースみたいな色で、なんだかどろりとしています。
「外は日が当たってるから、でれんから」と言われ、
私はこれさえ飲み干せば帰れると思い、頑張って飲みました。
甘さベースでしたが、妙に生臭くて、生の小麦粉みたいに苦かったです。魚のてんぷら作った後の
生の天ぷら粉ってあんな味がするんじゃないでしょうか?
その後お婆さんは、「迎えに行くから」とか「何とかさんに頼んで連れてきてもらうから」
とか言っていたようですが、私はもう恐ろしくて、一目散にその家を去りました。
近所の家が家族と、救急車を呼んでくれたことは覚えています。
それから私は血便と止まらない鼻血、脱水症状で何日か入院しました。
驚いたことは、私が松林に入ってから、10分とたっていなかったことです。
私の話は全て作り事とされ、何か悪いものを食べたのだろうと済まされました。
その後、見違えるように「普通」になった私は、前のように不審な行動をすることもありません。
時間や距離を無視した移動もしなくなりました。
正直、上の話も夢か何かだったような気さえしてきます。
ですが、目のおかしいおばあさんと、蛆交じりの血ははっきりと記憶に焼きついています。
それからあの松林に近付いたことはありません。帰ってきたと思われては困りますから。