東北のホテルにて

 

 

2000年代の初め頃だったと思う。東北旅行で、仙台近郊のとあるホテルに宿泊したときの話。
あらかじめ言っておくと、自分自身はそれまでいわゆる心霊体験なんてものはしたことがなかったし、そういうものは信じていない。もしかしたらそういうものがあるのかもしれない、とは思っても、理科系大学で学んできた事もあり、それが霊や心霊といったものだとは考えない。それは今もって変わってはいないが、この体験はちょっと夢だったでは納得出来ないリアリティがあった。

仙台市内でレンタカーを借りて、岩手方面まで遊びに行く行程だった。その日は自宅から仙台近郊の都市にあるホテルに宿泊する事にしていた。その町には親戚が住んでいたので、久しぶりに会って夕食を共にしようという事になり、その町にあるホテルに一泊することにした。
レンタカーを借りてそのホテルに着いたときは特に何も感じなかった。よくあるビジネスホテルといった感じだった。
部屋は入り口入ってすぐのところにユニットバスがあり、部屋の奥にベッド、テレビ、小さなテーブルと椅子がある、ごく普通のビジネスホテルの一室だった。
部屋に案内され、部屋の奥にある窓から外を見下ろすとさほど大きい規模ではないが、川が見えた。築年数が経っている上、天気があまり良くなかったせいもあるだろうが、何となく暗い雰囲気で良い印象ではなかったのを覚えている。
とは言っても、もともとそういう事は気にしない質だったこともあり、そのまま荷物を整理しながら夕方迎えにきてくれる親戚を待ち、一緒に繁華街に食事に行った。軽く飲んでホテルの部屋に帰ったのは22時頃だった。

いつもの習慣で朝にシャワーを浴びるのでその日はそのままベッドに入っていた。
キィッ、キィッと、金属が擦れ合うような甲高い音で突然目が覚めた。目は覚めたのだが、体が動かなかった。
今度はその金属音と入れ替わるようにジョキッ、ジョキッという、はさみで髪の毛を切るような音に変わった。そして、そのジョキッ、ジョキッという音と共に、今度は女性のすすり泣くようなウッ、ウッ、という声が聞こえてきた。こんな体験は初めてだった。体中の毛が総立ちになる感じがした。
ベッドの位置からはユニットバスが見えなかったが、見えないにもかかわらずユニットバスから女性らしき何かが這い出して来たのがわかった。いつの間にか自分の体から自分が抜け出し、天井辺りから俯瞰していた。
そこから見えたのは、ベッドにじっ

 

としている動けない自分と、ユニットバスから這い出してゆっくりと近づいてくる、髪の長い女だった。
相変わらずジョキッ、ジョキッという音と共に、女のすすり泣くようなウッ、ウッ、という声が続いていた。気が付くと、いつの間にか自分の体に戻り、天井が見えた。しかし、なぜか女が這い寄り近づいてくるのはわかった。なんとかしなければ命に関わると感じていた。

体は動かなかったが、全身の気を一気に出して爆発させるつもりで(厨二病ではないが、孫悟空がスーパーサイヤ人になる時、と言えばイメージとして理解してもらえるだろうか)全身の力と、気と、体中の何もかもを放出しようとすると、声が出るようになったと同時に、体を縛っていた縄が解けたように体が動くようになった。
ベッドから飛び起き、それに対峙しようとしたが、そこには何もいなかった。髪の毛を切るような音も聞こえなくなっていた。

体は全身びっしょりと冷たい汗をかいていた。体中の毛が未だ逆立っている感じがした。体が震えていた。
証拠が何かあったわけではないが、絶対に夢ではないという確証があった。すぐに部屋中の電気を点けた。もちろん、部屋には自分以外誰もいなかった。思い切ってユニットバスの扉を開けた。そこにはバスタブと、便器、洗面器があるだけだった・・・。

テレビを点けて、朝までそのまま起きていた。とても眠る気にはなれなかった。汗だくになっていて寒かったが、絶対にユニットバスには入りたくなかった。着替え、明るくなるまで電気を点けっぱなしにし、明るくなったらすぐにカーテンを開けた。

朝食を食べに行ったが、食欲はなかった。納豆は賞味期限切れではないかと思うような代物だった。大豆の間に死んだ納豆菌が小さな粒になってたくさん付着していた。
チェックアウトの時、それとなくフロントで探りを入れてみたが、別にあの部屋で不審な現象が続いているという反応はなかった。
寝不足のままレンタカーに乗り、その日の目的地に向けて出発した。

震災後、再びそこを訪れる機会があったが、ホテルはなくなり、全く違う建物に変わっていた。

 

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